近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京・柳島の妙義社詣での夫婦。女は芸者上がりで清元の師匠もしていた。良人が半元服の女房風、と言っているのは、鉄漿(カネ)をつけても眉を剃っていないためだろう。髪はもちろん丸髷。飾り物を肩にしている夫も職人風の垢抜けた恰好。猟虎(ラッコ)の毛皮を使ったトーク帽は旦那衆などに愛用されたが、1900年代(ほぼ明治末年)に入ると、各国によって乱獲されたラッコが、日本近海から姿を消してしまった。きものの裾の片方だけをぐいとまくっているのはやや勇み風。白い股引を見せているのはごくふつう。東京では絹製の股引だけをパッチと呼んでいた。(大丸 弘)
ID No. C19-100
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1886(明治19)年1月1日号 3面
小説のタイトル 櫛笥の露(くしげのつゆ)(11)
作者 高畠藍泉(三世柳亭種彦)(聴香楼主人)(1838-1885)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D2ma:[丸髷]
Vka:[掛襟]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
Vhao:[羽織]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
時代区分・年代 19世紀後半;1886(明治19)年
国名 日本
特定地域 東京;柳島;妙義社
キーワード 黒;職人風;ラッコ帽
男女別 男性;女性
体の部分 全身;群像