近代日本の身装文化(身装画像)
説明 気に染まぬ縁談を父に強いられて悩む娘。娘を後添いに望んでいるのは某省の大臣で伯爵ということだから、こちらの家も相当の家格のはず。そういう家ではこの時期、束髪の方が日本髪よりふつうだったかもしれない。数種類刊行されたマニュアルでは何々巻というような区分があるが、多くの場合、素人半素人が手探りで、見よう見まねで束ねていたはずの束髪に、決まった名前を強いて当てはめるのは必要ないし、無理でもあろう。(大丸 弘)
ID No. C19-097
出典資料 灯新聞
発行年月日 1886(明治19)年8月21日号 1面
画家・撮影者 田口年信(二代目年信)(白井勝沅)(修斎国泰)(仙斎年信(二世))(1866-1903)
小説のタイトル 憂喜世の夢(8)
作者 斎藤緑雨(江東みどり)(緑雨醒客)(1867-1904)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2so:[束髪(前期縦型の)]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vfu:[振袖;袂]
時代区分・年代 19世紀後半;1886(明治19)年
国名 日本
キーワード 花簪;造花;振り袖
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥