近代日本の身装文化(身装画像)
説明 娘は、家では曳いている裾の前づまを、片一方の手で荒っぽく掴んで引きあげている。蛎殻町の日の出の商人の養女でなに不自由ないお嬢さまだが、取引先の毛唐人の妾にしようという養父の意図がわかって驚愕し、夜更けに育ての親の老夫婦の元に逃げ出してきた。
 この一八八六年(明治一九年)という時期は、東京あたりでは和服のはしょりの固定化が広がった時期とかんがえられる。お嬢さんの姿はねまき風の浴衣の上に半天、というあられもない恰好だが、近間のカジュアルな外出には、家では曳いている裾を、片手で引きあげていることも多かった。
ID No. C19-053
出典資料 絵入自由新聞
発行年月日 1886(明治19)年9月28日号 2面
画家・撮影者 二代目歌川芳宗(一松斎芳宗)(新井芳宗)(1863-1941)
小説のタイトル 善悪妙々車(11)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vhat:[半天;どてら]
時代区分・年代 19世紀後半;1886(明治19)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード はしょり;格子の丹前
男女別 女性