近代日本の身装文化(身装画像)
説明 寄席を務めている義太夫語り。家にいるときは近所の子どもに稽古をつけている。東京の下町では江戸のむかしから、女の子に遊芸を仕込むことがさかんだった。幕末から明治にかけてはなんと言っても長唄にいちばん人気があり、清元、常磐津がそれに次いだ。べつにすべての親にそんな下心のあったわけでもないだろうが、娘が芸者にでもなるようなとき、「糸道が明いている」というだけで有利だった。義太夫は大阪ほどには人気がなかったが、この時代には、どうする連(ドースル連)のフィーバーがあったことはよく知られている。東京弁でいう「オッショサン」の前にきちんと座っている女の子の髪はふくら雀、帯は文庫。(大丸 弘)
ID No. C18-095
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1885(明治18)年9月27日号 3面
小説のタイトル 閨の月(57)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4en:[エンターテイナー;芸人]
Jke:[お稽古事;技能・遊芸の修行]
D2ni:[日本髪一般]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
時代区分・年代 19世紀後半;1885(明治18)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 義太夫;稽古;御師匠さん(おっしょうさん);ふくら雀;文庫結び
男女別 男性;女性;女児
体の部分 全身;坐臥