近代日本の身装文化(身装画像)
説明 堀切の菖蒲園は、その当時東京市内では名高い行楽地だった。三河に模した八つ橋の上での美男美女の出会い。なにがし家、とあるのはおそらく華族なのだろうが、こんな行楽でも当主は燕尾服の礼装。その妹は洋装で、細部はわからないが1880年代中期の、当時の欧米のファッションとそれほど目立ったちがいはないようだ。一方、青年の方は、「年紀十八九にて色白く鼻隆く顔はさながら白梅の露を含めるごとく眼涼しく眉秀で丹花の口唇蘇舌を包み自然に微笑を帯たるはげに天性の好男子威あれどしかも猛からず(……)」と、男性の描写としては意を尽くしている。青年が、絣のきものの下のシャツに蝶ネクタイを締めているのはめずらしい。この「和装で台襟、袖口にカフスのあるワイシャツ、靴ばき」という恰好はいかにも明治的で、ただし1890年代末(明治20年代末)になると滅多に見られなくなる。(大丸 弘)
ID No. C18-075
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1885(明治18)年3月21日号 3面
画家・撮影者 尾形月耕(1859-1920)
小説のタイトル 小簾の月(おすのつき)(6)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D5re:[フォーマルウエア;礼装;お祝い着]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wne:[ネクタイ;ネックバンド]
Wkas:[傘]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
Qkas:[絣]
Vham:[袴(男性)]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
時代区分・年代 19世紀後半;1885(明治18)年
国名 日本
特定地域 東京;堀切
キーワード 菖蒲園;華族;燕尾服;蝶ネクタイ;洋傘;蝙蝠傘;こうもり傘;飛白のきもの;シャツ;ワイシャツ;ホワイトシャツ;麦藁帽子
男女別 男性;女性
体の部分 全身