近代日本の身装文化(身装画像)
説明 人に名も知られた生花の師匠だった男が、新橋の芸者と理無い仲になったあげく駆け落ちし、その時分はまるで田舎だった早稲田辺りで貧しい所帯を持っている。「表とは云え下町の裏には劣る店」というのは女が日銭稼ぎにはじめた駄菓子屋。一尺に二尺ほどの大きさでガラスのふたをした浅い箱を上がり框に並べただけが商売道具という駄菓子屋は、子どもの数の多かったこのころの町のなかにはずいぶん見かけた。この時代でも駄菓子屋の菓子は不潔だから買い食いを禁じる親は少なくなかったが、親の眼を盗んでも子どもが買うのは、ひとつにはイカの足(ゲソ)を甘辛く味付けしたのとか、表通りで店を張っている菓子屋にはない味がそこにはあったから。女は店番のほか「膚着(シャツ)の洗濯を内職に」しているという。この時代、シャツということばがいわゆるYシャツを指すのか、肌着を指すのかはっきりしないが、ここでは「膚着」というあまり見慣れない字をわざわざ当てているので、肌着の方だろう。これから石鹸会社に出勤のため、弁当を包んでいる男がきものの下に着ているのはカラーのあるYシャツの方。(大丸 弘)
ID No. C18-072
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1885(明治18)年2月19日号 3面
画家・撮影者 尾形月耕(1859-1920)
小説のタイトル 東京八景一夕話:早稲田の落雁
作者 翠於閑人
資料タイプ 挿絵
時代区分・年代 19世紀後半;1885(明治18)年
国名 日本
特定地域 東京;早稲田
キーワード 貧乏;駄菓子屋;ショーケース;竪縞のきもの;ワイシャツ;ホワイトシャツ;格子のきもの;火鉢;火箸;茶瓶;おひつ;弁当;鍋;障子
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥