近代日本の身装文化(身装画像)
説明 この時期にはまだ、石榴口(ザクログチ)のある江戸以来の銭湯が残っていた。三助に派手な彫り物のある背中を流させているのは、もとは臥煙(ガエン)と呼ばれた火消しの兄貴分。江戸時代の火消し人足はほとんど強制的に彫り物をした。彫り物は刑罰として執行される入れ墨とはちがう、見栄のもの。右端に人の足が見えているところが石榴口。1mほどの高さしかないので、屈まなければ入れない。この奥が浴槽で、中にはまったく照明がない。左に立っている女性はべつの絵になる。中形の浴衣を着て、帯は手早く結べる引っ掛け結び。女湯から男湯が見えたり、男女入り込みで入れたり、江戸時代の銭湯はそういう点がかなりルーズだったため、建築構造を含めて、1890年(明治10年代)頃までは規制が繰り返された。(大丸 弘)
ID No. C18-024
出典資料 今日新聞
発行年月日 1885(明治18)年7月11日号 3面
画家・撮影者 尾形月耕(1859-1920)
小説のタイトル 蟹牡丹切子灯籠(1)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H40:[浴室(家庭・ホテルの個室など);浴場(銭湯・温泉場など)]
D0bo:[入墨;彫り物;ボディペインティング]
D0ro:[露出;シースルー]
Vyu:[ゆかた]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
時代区分・年代 19世紀後半;1885(明治18)年
国名 日本
キーワード 石榴口(ざくろぐち);火消し;裸体;刺青;入れ墨;三助;引っ掛け結び;ひっかけ結び
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥