近代日本の身装文化(身装画像)
説明 年若い遊客が、なじみの芸者と取り巻き連を伴に、関帝廟(カンテイビョウ)の桜見物。先頭は芸子島田からだれが見ても島之内の芸妓と見える二十一,二の美形、小紋縮緬の小袖に、黒繻子の帯を柳に締めている。もちろんこれは「出の衣裳」ではない。東京では維新後、小紋がなぜか敬遠された時期が長かったが、京阪ではそんなこともなかったようだ。ただし、この大きさの絵から柄を判断することはできない。旦那と言うには少し若すぎる男は、黒のフェルト帽を被り、唐桟の小袖に八反の黒羽織、襟に白い首巻。ほかに雛妓(オシャク)と遣り手女、瓢(フクベ)を担いだ丸坊主の幇間(ホウカン)。(大丸 弘)
ID No. C18-004
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1885(明治18)年3月22日号 2面
小説のタイトル 糸のみだれ(17):散歩
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D2sim:[島田;高島田]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wku:[頸覆い(マフラー,ストール,襟巻,ショール)]
H807:[仏寺;民家の葬礼の設営]
時代区分・年代 19世紀後半;1885(明治18)年
国名 日本
特定地域 大阪
キーワード 芸子島田;柳の帯結び;遣り手婆(やりてばば);雛妓(すうぎ);半玉(はんぎょく);おしゃく;幇間(たいこもち)
男女別 男性;女性;女児
体の部分 全身