近代日本の身装文化(身装画像)
説明 小学校の門をくぐろうとする男女の生徒。小学校が義務化され、整備されたのは小学校令が公布された1886(明治19)年以後だが、すでに1869(明治2)年,1870(明治3)年から私学校の形の小学校は都市部では多く設立されていた。江戸時代の寺子屋に毛の生えた程度のものも含めて。男の子は袂のあるきものを着て袴を着け、帽子を被って靴を履いている。明治のとくに前期の親にとっては、子どもを学校に上げるのは晴れがましいことだったようだ。試験の日にはとくに競って晴着を着せ、そのために試験を休む子まであったという。(大丸 弘)
ID No. C17-037
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1884(明治17)年7月19日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D012:[男の子(小学生くらい)]
D002:[女の子(小学生くらい)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
Vham:[袴(男性)]
D2ni:[日本髪一般]
Wge:[下駄;クロッグ]
G43:[学校]
G05:[塀;門]
時代区分・年代 19世紀後半;1884(明治17)年
国名 日本
キーワード 小学校
男女別 女性;男児;女児
体の部分 全身