近代日本の身装文化(身装画像)
説明 ふたりの娘が母親の墓に手を合わせているが、明治時代の人間は人のお墓でも、路傍の祠でも、手を合わせるときはうずくまってするのがふつうだった。しかし、当時の女のしごとのほとんどは、手内職であれ家事であれ、膝を折って、あるいは突いてしたものだ。針仕事がそうであるのはだれもわかるが、とりわけ関東では台所が立流しでなかったから、水仕事の多くも膝を折ってした。彼女たちの視線がいかに低いところにあったのかがよくわかる。左の娘の髪型は島田。飾り元結いが華やか。右の女性は大きな銀杏返し。ふたりとも総体的に派手であり、裕福な家の娘たちということがわかる。(大丸 弘)
ID No. C16-108
出典資料 やまと新聞
発行年月日 1887(明治20)年4月28日号 1面
画家・撮影者 水野年方(1866-1908)
小説のタイトル 折枝の梅が香(29)
作者 条野採菊(採菊散人)(1832-1902)[補綴]
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D804:[おそれ・へりくだりの表現;祈りのかたち]
D80:[姿勢;ポーズ(特異な姿勢・ポーズ・格好一般)]
G14:[墓地のある景観]
D5ha:[墓参;寺参り;神詣で]
時代区分・年代 19世紀後半;1883(明治16)年
国名 日本
キーワード しゃがむ;島田;銀杏返し;黒襟;縦縞のきもの;墓参り