近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉浅草馬道近くの裏長屋に住む屑買い夫婦のもとに、出入りの寺の寺男が立ち寄る。寺男は、僧侶ではしにくい汚れ仕事や力仕事などの雑用をする下男。寺の権威の末端にいるだけに、なかには小うるさい人間もいたらしい。すこし大きな寺院になると寺侍を雇ったのは江戸時代。このときの口上も「イヤ忠造殿このわれが朝早くから出掛けて来たのは外の事でも御座らぬが御住持様が何用だか足下に面会して相談したいことがある云々」といった高調子。時代遅れの頭の髷も、それに見合っている。たぶん四畳半一間の裏長屋の出入り口は勝手口だけ。手前に火吹き竹の立てかけてある竈(カマド)、竈の横が流しでまだ水甕(ミズガメ)が置いてあるはず。上がり框によく刺したぞうきんが広げてあるのは、上がるときのすすぎを簡便化したもの。土間の竈と反対側には、商売道具の負い笊(ザル)が置いてある。この負い笊には古物商の身分証を貼りつけることが義務づけられていて、商売にでるときは背中に負い笊、手に天秤ばかりを持つのが屑屋の決まったスタイル。(大丸 弘)
ID No. C16-103
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1886(明治19)年9月12日号 3面
画家・撮影者 歌川国松(一龍斎国松)(1855-1944)
小説のタイトル 封文恋紅筆(ふうじぶみこいのべにふで)(21)
作者 右田寅彦(柳塢亭寅彦)(1866-1920)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ch:[丁髷]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vka:[掛襟]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
D000:[乳児;赤ん坊]
時代区分・年代 19世紀後半;1883(明治16)年
国名 日本
特定地域 東京;浅草
キーワード 裏長屋;破れ障子;上り框(あがりかまち);土間;竈;火鉢;煙管(きせる);黒襟;背負い籠;雑巾
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥