近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉芸者の手古舞(テコマイ)姿。江戸の祭りで山車の先導を芸者にさせたため男の姿とした。髪は男髷の大髻(オオタブサ)で刷毛先をできるだけ大きくする。男の髪は女の髪に比べて単純なので結うのは簡単のはずだが、髪が硬いために結いにくいそうだ。手古舞は行列の花形だから選ばれれば名誉なのだが、衣裳はみんな自前で新調しなければならず、嬉しいとばかりは言えなかった。幕末からこの時代までは、人気芸者の男装、という印象が確かにあって、倒錯的な一種の魅力もあったろう。しかし大正・昭和と経るうちに、男髷も、職人衆の紺の腹掛も片肌脱ぎも、裁付(=裁着(タッツケ))も、現実の世の中では忘れられてしまった結果、手古舞姿は男装というより、芸者の異装、そして女の子の異装、というだけのことになってしまった。(大丸 弘)
ID No. C16-099
出典資料 都新聞
発行年月日 1905(明治38)年5月6日号 3面
小説のタイトル 歌吉心中(130)
作者 橋本埋木庵(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D2:[ヘアスタイル]
D5is:[異性装]
時代区分・年代 19世紀後半;1883(明治16)年
国名 日本
キーワード 手古舞(てこまい);大髻(おおたぶさ)
男女別 女性
体の部分 上半身