近代日本の身装文化(身装画像)
説明 看板に「散髪店富士床」とあるが、これはもちろん、新しい言い方の散髪店に、古い店名を生かして並べているわけだ。明治の末頃までには何々床は消滅するが、関東では床屋さんという言い方が続いていて、散髪とか散髪屋さんという言い方はあまりしない。散髪の技術は横浜の外国人理髪師の店で修行すれば問題ないが、鋏と櫛を手に入れて見よう見まねの職人もあったらしく、理髪店で耳を鼠の歯の痕ぐらいチョキンとやられることが多かったと、篠田賢吉氏が語っているそうだ。(大丸 弘)
ID No. C16-069
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1883(明治16)年9月28日号 3面
小説のタイトル 鳴滝のお鯉 富士額龍吉 旭山幟由来(6)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G013:[美容院;理髪店]
D1kep:[結髪;散髪;美容師;店舗・設備の一部(理容店・美容店の)]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
Wkas:[傘]
時代区分・年代 19世紀後半;1883(明治16)年
国名 日本
キーワード 散髪屋;床屋
男女別 男性;女性
体の部分 全身