近代日本の身装文化(身装画像)
説明 本文の中に、「今は昔とちがいこんな地方の廓でも吉原・島原を真似て、娼妓も髪の飾りから裲襠まで高尚」と書いている。この時代、「高尚」という表現は新聞雑誌の広告コピーなどにも好んで用いられ、庶民の貧乏暮らしでは満たされない、羨望や憧れを表していた。しかし、娼妓の髪型や「しかけ」(=裲襠(ウチカケ))に高尚という表現を用いるのはかなり見当ちがいのようだ。要するに飯盛り女とたいしてちがいのないような宿場女郎風よりは、金のかかった恰好をさせていた、ということで、挿絵の女の姿は大仰にすぎる。(大丸 弘)
ID No. C16-063
出典資料 絵入朝野新聞
発行年月日 1883(明治16)年6月29日号 2面
小説のタイトル 六人強盗
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H13:[(吉原などの)茶屋の座敷]
時代区分・年代 19世紀後半;1883(明治16)年
国名 日本
特定地域 滋賀;彦根;袋町;高宮
キーワード 遊廓;花魁(おいらん);娼妓;遊女;女郎;後ろ姿;背面
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥