近代日本の身装文化(身装画像)
説明 大阪・島之内の富田屋の、数多い良妓中でも美を以て鳴る三人のひとり、若安がこんど加賀国の大尽に六百円でひかされることになった、そのいきさつ。この挿絵は南地の一風士から提供された写真を模写したものという。この時代の挿絵によくある例で、信憑性を示すためだろう。髪はもちろん島田だが、東京の芸者ほど低い髷ではない。二枚襲の小紋のきものの前あわせは帯のすぐ上から開いて、濃い色の半襟を大きくみせているのは、明治時代を通じてのふつうのかたち。上着は大きく返し褄にして下着を見せている。こういう裾の扱いを江戸時代は褄投げだしと呼んで、やや大仰な風だった。お茶のお点前ということで、敢えてそうしたのか。襟はほとんど抜かず、むしろ詰めている。大きな抜き襟の習慣は、大正期以後の風習と見る人もある。(大丸 弘)
ID No. C16-019
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1883(明治16)年9月4日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D2sim:[島田;高島田]
Vhan:[半襟]
Vhao:[羽織]
D3ut:[打合せ;襟あき;ぬき襟]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
時代区分・年代 19世紀後半;1883(明治16)年
国名 日本
特定地域 大阪;島之内
キーワード 小紋のきもの;裾の扱い;抜き襟;褄投出し(つまなげだし);茶道;茶の湯;お茶のお点前;茶道具入れ;火鉢;鉄瓶
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥