近代日本の身装文化(身装画像)
説明 二十五の妻と八歳の娘とが、西南の役で足を失った夫を一種の躄車(イザリグルマ)に乗せて、京都の町を物乞いして歩く。版の状態が悪いため母娘の身なりはよくわからない。女の髪はおそらく馬の尾風の結び下げだろう。娘はまだ芥子(ケシ)坊主だが、小学校にでも上がっていればもうそろそろ稚児輪かお下げにしてやる年齢。本文にもあるように少女が背中に取っ手付きの四角い鞄を、竪に負わせている理由はわからない。その一面に南無妙法蓮華経と書いた紙が貼り付けてある。本文では「蟇口」と書いて「かばん」と振りがなしている。革製のかばんそのものと同様に、鞄という文字もこの時代に使われはじめたらしく、1889(明治22)年の大槻文彦の『言海』が初出とされる。夫の乗っているのは旧時代の駕籠、たぶん四つ手駕籠に車をつけ、屋根を油紙かなにかで覆ったもの。障害者の乗り物としては単なる台車である躄車がよく知られているが、この工夫はほかに例があるだろうか。(大丸 弘)
ID No. C16-012
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1883(明治16)年5月19日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D2:[ヘアスタイル]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Wzo:[草履;草鞋]
Wka:[鞄]
G7:[乗り物(車内を含む)]
時代区分・年代 19世紀後半;1883(明治16)年
国名 日本
特定地域 京都
キーワード 物乞い;四つ手駕籠;いざリ車;馬の尻尾風;芥子坊主;腰巻;ぞうり
男女別 女性;女児
体の部分 全身