近代日本の身装文化(身装画像)
説明 落ちぶれていまは車夫をしている、もと菓子職人の女房。その亭主が脚気の重症で暮らしが立ち行かなくなったのを見て、そのころは貧しい人々の住む町にはいくらもいたある種の周旋女――私窩子(ジゴク)が、旦那取りの口を持ってきた。眉を落とし、まだ歯を黒く染めている周旋女は丸髷で前垂れ掛け、帯は結び下げという、町女房のふつうの恰好。この家の若い女房の方は髪をなにもせず、下の方でただ横に結んでいるらしい。馬のしっぽとかじれった結びとかいうものの類で、名前をつけるような形ではない。(大丸 弘)
ID No. C15-025
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1882(明治15)年9月28日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ma:[丸髷]
D1me:[眼・眉毛周辺の状態(眼・睫毛・眉の化粧)]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
D2ni:[日本髪一般]
時代区分・年代 19世紀後半;1882(明治15)年
国名 日本
キーワード 周旋女;眉落とし;結び下げ;おかみさん;女房
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥