近代日本の身装文化(身装画像)
説明 養子の身でありながら放蕩して、家は身代限りになったという話の、挿絵はその傾城狂いの中の引きつけ――花魁(オイラン)との対面――の場面だろう。この男は京島原の角屋の八重雲太夫に入れ揚げた。島原では古風なしきたりに忠実で、花魁の仰々しい髪型やいわゆる「かしの式」などもおこなわれていたので、客の男も反り返って扇子を突いているなど、吉原の引きつけとはずいぶん様子がちがう。(大丸 弘)
ID No. C15-021
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1882(明治15)年8月13日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ni:[日本髪一般]
D1me:[眼・眉毛周辺の状態(眼・睫毛・眉の化粧)]
D2ot:[男の髪型]
時代区分・年代 19世紀後半;1882(明治15)年
国名 日本
特定地域 京都;島原
キーワード 遊廓;引き付け;花魁(おいらん);娼妓;遊女;女郎;眉落とし;盃;断髪
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥