近代日本の身装文化(身装画像)
説明 三人の詐欺師が大金を手に入れ、「滅法界立派な洋服に金時計或いは南部揃いの着流し浜縮緬のヘコ帯その外付属の品も上等を撰びこれなら盲目が見てもしかるべき官員と見えるに違いない」と、根津遊廓に乗りこんだ、とある。手前に描かれているのは橋の欄干のようだが、根津権現の鳥居らしい。娼婦は吉原とはちがって芸者風のように、ここでは描いている。根津遊廓は慶応年間にはじまって1888(明治21)年にはなくなった。風俗の具体的資料はほとんど残っていない。官員風、という男は黒のホンブルグ帽、ネクタイの結び目がよく見えるのは、スタンドカラーのせい。明治の末まで高いスタンドカラーをする人はいて、ハイカラの語源となった。(大丸 弘)
ID No. C14-038
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1881(明治14)年5月3日号 2面
小説のタイトル 宮島小伝次斎藤光多のはなし
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
Vka:[掛襟]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wne:[ネクタイ;ネックバンド]
時代区分・年代 19世紀後半;1881(明治14)年
国名 日本
特定地域 東京;根津
キーワード ホンブルグ帽;立ち襟;スタンドカラー
男女別 男性;女性
体の部分 全身