近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉家伝の小脇差(九寸五分)を盗まれた寡婦が、犯人である婿養子の行方を追う物語。山形市の警察に養子の説諭願を出したが、却下されて戻る途中、素性の知れないひとりの男から金を贈られる。降りしきる雪のなかで、男は「長き洋服の外套を着し頭巾は顔を包みて雪を凌ぎ、長靴を履き居る男」としかわからない。男の着ているのは頭巾付きの二重外套。背後の馬乗りから帯剣の鐺(コジリ)が突き出て見えるので、軍人であることがわかる。巡査の帯剣は地方によって差があるが、東京では1883(明治16)年以後。大阪ではすこし早かったが、山形県で東京より三年以上早く実施されていたとは考えにくい。女が小紋のきものと羽織の上に着ているのは、小ぶりの引回し合羽。なぜ傘を持たないのかわからないが、女性が近場の出歩きで笠も大仰となると、お高祖(コソ)頭巾か手拭い被りで髪を覆うのがふつう。(大丸 弘)
ID No. C13-109
出典資料 都新聞
発行年月日 1902(明治35)年2月23日号 1面
画家・撮影者 富岡永洗(藻斎永洗)(1864-1905)
小説のタイトル 中山霊験:九寸五分(51)
作者 伊藤厭花(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D5am:[雨や雪など、気象条件による服装]
Vko:[コート(女性和装外套)]
G451:[警察署;交番;シェリフなどの駐在所]
G05:[塀;門]
時代区分・年代 19世紀後半;1880(明治13)年
国名 日本
特定地域 山形
キーワード 引き回し合羽
男女別 女性
体の部分 全身;上半身
関連情報 C13-109, C13-110