近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉北海道の監獄に収監される三重県の重罪犯人が、横浜から便船に乗るため、手錠、腰縄で付き添いの巡査とともに、東海道を歩かされている。鉄道の横浜以西は、国府津まで開業したのが1887(明治20)年だから、船を利用しないかぎり陸路を歩くより仕方がなかったのかもしれないが、人権無視の問題は置くとしても、実際にはこんな不用心な道中をしたとは思えない。巡査はこの時代約1メートルの警棒以外の武器を所持できなかった。また、1875(明治8)年の〈囚人給与規則〉(→年表〈事件〉1875年1月 「囚人給与規則」東京日日新聞 1875年1月18日1面)によって、囚人の衣服は、すべて柿色の筒袖きものに股引となり、いわゆる赤い獄衣の時代がはじまって、1889(明治22)年まで続いた(→年表〈事件〉1889年7月 「監獄則施行細則」1889年7月16日)。(大丸 弘)
ID No. C13-098
出典資料 都新聞
発行年月日 1899(明治32)年3月1日号 3面
小説のタイトル 近世実話 五寸釘寅吉(45)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4sh:[囚人]
Wkab:[笠]
Vmom:[股引]
Wzo:[草履;草鞋]
D4ke:[警察官;目明かし]
K0:[道;道沿いの景観]
時代区分・年代 19世紀後半;1880(明治13)年
国名 日本
特定地域 東海道
キーワード 重罪犯人;筒袖のきもの;手錠;腰縄;巡査;制服;制帽;警棒
男女別 男性
体の部分 全身