近代日本の身装文化(身装画像)
説明 松山出身のもと士族(二十八歳)が巡査として西南の役に従軍、足に銃弾を受けて廃疾となったため、四つ車の箱を作り、十八歳の妻が綱を引き、熊本の清正公様をはじめ廻国して治癒を祈願している。その途中にいま東京に立ち寄っているというので新聞に取りあげられた。というのも若い妻が至って美人で今初花の噂が高いためと。『箱根霊験躄仇討』の勝五郎、初花の物語がだれの頭にも浮かぶに違いない。そのためもあってか、この四つ車の乗り物を一般にはいざり車と呼んだ。女は歩きやすいようにきものの前褄を開いてその上から帯を締めている。ふつうは返し褄と言っている。(大丸 弘)
ID No. C13-080
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1880(明治13)年12月15日号 2面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D014:[若い男(20歳前後~30歳前後)]
D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vka:[掛襟]
G7:[乗り物(車内を含む)]
時代区分・年代 19世紀後半;1880(明治13)年
国名 日本
キーワード 夫婦;黒襟;前褄;返し褄;いざり車;綱
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥