近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉法衣屋はふつう「ころも屋」といい、寺の多い土地には必要な商売、いずれも寺に出入りしていろいろな関係を保っている。その寺のひとつから、法衣屋の身寄りである修行中の僧が、根津の娼妓と駆け落ちしたという知らせを聞いて、法衣屋の女将があわてて寺に駆けつける。たいていの商店は大戸とはべつの出入り口を持ち、ひとつには用心のため、身体を屈めて出入りするような小さな戸になっている。家ではふつう裾を曳いているこの時代の女性は、外出のときは細い腰帯を巻いて、引き上げた裾を手軽に挟んだ。この絵の女将が腰帯を使っているかどうかはわからないが、褄を取って長い道を歩くのは芸者だけ。被っているのはお高祖(コソ)頭巾。右手に番傘より上等な蛇の目の傘を持つ。履いているのは爪革を被せた高足駄。(大丸 弘)
ID No. C12-057
出典資料 都新聞
発行年月日 1895(明治28)年11月28日号 1面
画家・撮影者 富岡永洗(藻斎永洗)(1864-1905)
小説のタイトル 探偵実話 法衣屋お熊(50)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード G02:[開口部も含めた外壁面]
H59:[出入り口・窓越しの外の風景]
Wzu:[頭巾;覆面]
Vhao:[羽織]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Wge:[下駄;クロッグ]
Wkas:[傘]
時代区分・年代 19世紀後半;1879(明治12)年
国名 日本
キーワード 法衣屋(ころもや);格子戸;御高祖頭巾;おこそ頭巾;蛇の目傘;爪革をかぶせた高下駄;封書
体の部分 全身