近代日本の身装文化(身装画像)
説明 罪を重ねている盗賊が、ひとの女房を騙して道連れにし、蒸気船で大阪へ高飛びしようと永代橋にさしかかる、というところ。この直後に二人は追ってきた探索方に逮捕される。男は豆絞りの手拭いを道行風に頬の辺りで結んでいる。引回し合羽でなく、黒ラシャのマントをはおり、蝙蝠傘を手にしているのは開化風。寒の内だというのに太股も露わな裸足で、この時代の人は街中でも平気で脚を出したり裸足になったりしたから、違式詿違(イシキカイイ)条例などに基づき、官憲がそれを目の敵にした(→年表〈現況〉1878年6月,7月 「裸体・肌脱ぎの勾引」読売新聞 1878年6月26日1面;「酷暑のせいで」読売新聞 1878年8月2日3面)。どてらのような、綿の厚く入った半纏を重ねている女の被っているのはお高祖(コソ)頭巾、しかしどちらかといえばその前身の袖頭巾風。着ぶくれしているにしても女の形があまりに太めだが、こういうスタイルを近代以前の感覚、と見ていた同時代人もあった。(大丸 弘)
ID No. C12-022
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1879(明治12)年3月23日号 2面
小説のタイトル 安井正造の続き
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Wzu:[頭巾;覆面]
Vka:[掛襟]
Vhat:[半天;どてら]
Wta:[タオル;手拭い;手拭い被り]
Wkas:[傘]
時代区分・年代 19世紀後半;1879(明治12)年
国名 日本
特定地域 東京;永代橋
キーワード 御高祖頭巾;おこそ頭巾;袖頭巾風;黒襟;綿入り半纏;豆絞りの手ぬぐい;頬被り;頬かぶり;道行風;黒羅紗のマント;素足;洋傘;蝙蝠傘;こうもり傘
男女別 男性;女性
体の部分 全身