近代日本の身装文化(身装画像)
説明 この記事を読むと、下宿住まいの勤め人が月に五円の極めで、数え十七の娘を妾にしたという。下宿のことだから一部屋きりで、そこの本業は旅人宿という。妾奉公という言葉もあったから、こういう関係や生き方が当時一般にべつに不思議でも、恥ずかしいことでもなかったらしい。外歩きばかりしたがるので一カ月で断り、暇を出したとあるが、一日中部屋の中にいるのが当たり前なのだろうか。女が裾を曳いているが、そんな一日なら裾も曳いていられるにちがいない。(大丸 弘)
ID No. C11-050
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1878(明治11)年6月26日号 2面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D3hi:[曳裾]
時代区分・年代 19世紀後半;1878(明治11)年
国名 日本
キーワード 妾奉公;曳き裾
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥