近代日本の身装文化(身装画像)
説明 何年か前までは弟の嫁だった女が、いまは別れて外の男と一緒になっている、ということを遺恨に思っている姉が、たまたま行き会った路上でむかしの弟嫁に悪態をついているさま。弟嫁の方は三十二,三、姉は五十ばかり。この年齢差でふたりの背丈をこれだけ違えた画家の意図に興味が持てる。若い世代の身長が伸びてきたのが女子の就学が普及してきた明治中期以後、ということになっている。この時代はむしろ、中年以後の男女の身体が著しく縮んでゆくという現象の方が、よく認識されていただろう。ほとんど鉤型に背中の曲がった老人もめずらしくはなく、外国人にも注目されていたようだ(→年表〈現況〉1872年9月 「日本人の姿勢―西洋人の指摘」新聞雑誌 1872年9月)。もう一点、世代の隔たりを示すものは、五十女の方が半幅の前帯であること。五十女が差歯の日和下駄、三十女が刳下駄を履いているのは、ふたりの暮らしの程度をいくぶんか暗示しているかもしれない。(大丸 弘)
ID No. C11-047
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1878(明治11)年5月3日号 2面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D006:[初老の女性(40~50歳代)]
Vob:[帯]
Wge:[下駄;クロッグ]
時代区分・年代 19世紀後半;1878(明治11)年
国名 日本
キーワード 背丈;半幅の前帯;日和下駄;刳り下駄
男女別 女性
体の部分 全身