近代日本の身装文化(身装画像)
説明 仲人役の姉に伴われて、祝言をするために新郎の家に向かう三十三の女。姉が未婚かどうかわからない。結婚した女は丸髷がふつうだが、丸髷は商売人に任せなければ形よく結えないから、若い後家さんや行き遅れた娘は、銀杏返しに結うことが多い。銀杏返しはじぶんの手でもけっこう恰好がつく。ふたりとも一張羅を着込んでいるはずだが、見た目はふつうの縞のきもの。数枚しかもっていない行李の中の着替えから、いちばん新しい、できることならまだ水をくぐっていないものを着ることぐらいが、その日暮らしの人たちの晴装束だった。帯の結び様はお太鼓ではなく、結びあまりの大きな文庫の一種かもしれないが、現代の丸帯とちがいもっと軟らかく、幅が広いようだ。いずれにしろ、落語の「たらちね」で知れるように、白無垢だとか綿帽子だとか打掛などとは縁のない人々が、実際には多かったろうし、そんなものを見聞きする機会もなかったろう。家ではまだ裾を曳いているため、前褄をぐっと引きあげて挟み込んでいるのが分かる。それでも後裾に掛けてたっぷりと襞ができ、履物にかぶさっている。ふたりの女の腰の屈め方はこの時代までの大きな特色。畳の上での生活と、女の生き方のもたらしたもの。(大丸 弘)
ID No. C11-018
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1880(明治13)年5月7日号 3面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D005:[20~30歳代の女性;年増]
D2ni:[日本髪一般]
Vka:[掛襟]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
D80:[姿勢;ポーズ(特異な姿勢・ポーズ・格好一般)]
時代区分・年代 19世紀後半;1878(明治11)年
国名 日本
キーワード 縞のきもの;黒襟;文庫結び;前裾を引き上げる;腰を屈める;提灯
男女別 女性
体の部分 全身