近代日本の身装文化(身装画像)
説明 女の流し按摩が淋しいところで手込めに合いそうになったところを、通りかかった警官に運よく救われる、という話。下穿きのなかったこの時代の女のきものは危ないものだった。帯の位置がはるかに低かったので、それがひとつの理由かもしれない。警官は犯人の遺留品である印入りの番傘を調べている。巡査は二年前から袖に金筋の入った制服・制帽を着けるようになり、呼称もそれまでの邏卒(ラソツ)から巡査と変わっている(→年表〈事件〉1874年2月 「巡査の制服制帽制定」郵便報知新聞 1874年2月13日1面)。(大丸 弘)
ID No. C09-049
出典資料 東京絵入新聞
発行年月日 1876(明治9)年5月15日号 1面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ke:[警察官;目明かし]
Wkas:[傘]
時代区分・年代 19世紀後半;1876(明治9)年
国名 日本
キーワード 巡査;角灯;按摩(あんま);番傘
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥