近代日本の身装文化(身装画像)
説明 「銭のありげな客をとりこしらえ、貧乏らしい娘のあるうちへでも連れ込んだら万に一つは淫売(ウル)まいものでもなかろうか」と考えた女が、往来の男の袖を引いたところ、それが和装をしたイギリス人だったため、警察に拘引され二十五銭の罰金を取られた、という話。どんな根拠で罰せられたのかわからないが、この時代は内地雑居以前なので、違式詿違(イシキカイイ)条例中にも、外国人を止宿または雑居させることを禁じる条目があり、それに抵触したか。和装をして歩き回ったり、日本の反物衣裳を大量に持ち帰る外国人の話はよくある。このころまで「ひげ」といえば欧米人を指した。しかしやがて「ひげ」は官吏の俗称になり、さらに「なまず」にまで落ちる。(大丸 弘)
ID No. C08-029
出典資料 東京平仮名絵入新聞 第88号
発行年月日 1875(明治8)年9月27日号 1面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7se:[西洋人モデル;混血児タイプ]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
D1hi:[ひげ]
Wge:[下駄;クロッグ]
Vhat:[半天;どてら]
時代区分・年代 19世紀後半;1875(明治8)年
国名 日本
キーワード 和装のイギリス人;外国人
男女別 男性;女性
体の部分 全身;群像