近代日本の身装文化(身装画像)
説明 東京の千住で両肌を脱いでいる男を見つけた巡査が、違式詿違(イシキカイイ)条例に基づいて拘引してみると、他人の女房と手に手をとっての駆け落ち者だった、という話。1872(明治5)年11月にまず東京で公布されたこの条例は、明治初期の日本人の日常風俗を欧米並みに引きあげようという意図のもの。かなり細かい点までの生活習慣への干渉があり、行き過ぎもあったようだ(→年表〈事件〉1874年3月 「違式詿違条例の実際の適用に関する注意」郵便報知新聞 1874年3月23日19面)。尋問されている男は手甲脚絆に草鞋がけという旅装束。腕に嵌めた手甲には紐が付いていて首に掛ける。ただし腹掛けは百姓ではめずらしい。「淫婦」と決めつけられた女は髪をじれった結びにし、前髪を短く剪って散らしているのはこの時期の流行。半幅帯を締め振り分け荷物、田舎ではまだ目を惹くに違いない蝙蝠傘をついている。(大丸 弘)
ID No. C08-024
出典資料 東京平仮名絵入新聞
発行年月日 1875(明治8)年9月10日号 1面
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D5ry:[旅装;旅姿;旅装束]
D2:[ヘアスタイル]
Wkab:[笠]
D3had:[肌脱ぎ;胸のはだけ・くつろげ]
Wte:[手袋;手甲;腕覆い]
D3su:[裾;褄;端折り;からげ]
Vob:[帯]
Wkya:[脚絆;脛覆い]
Wzo:[草履;草鞋]
Wkas:[傘]
D4ke:[警察官;目明かし]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Wkut:[靴;サンダル;靴修理;靴磨き]
時代区分・年代 19世紀後半;1875(明治8)年
国名 日本
特定地域 東京;千住
キーワード じれった結び;腹掛け;半幅帯;褄絡げ;ぞうり;洋傘;蝙蝠傘;こうもり傘;振り分け荷物;巡査
男女別 男性;女性
体の部分 全身