近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉名望家のもとへ相当の持参金を持って婿養子に入るという、その契約の場面。右から二人目の女性はこの家の当主である未亡人。夫を失った中年以上の女性が切り髪でいるのはめずらしくないが、肩にかかるような総髪で被布姿というのはずいぶん仰々しい。手前の、これから婿を取る娘は高島田で、あるいは白無垢の三枚襲(同じ形の上着・間着・下着)であるかもしれない。この時代は正月とか晴れの場には三枚襲がふつうだった。娘の冒しがたい姿と衣紋描写の手に入った筆の跡、みごとな富岡永洗の作だ。(大丸 弘)
ID No. C08-004
出典資料 都新聞
発行年月日 1901(明治34)年12月28日号 1面
画家・撮影者 富岡永洗(藻斎永洗)(1864-1905)
小説のタイトル 中山霊験:九寸五分(7)
作者 伊藤厭花(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Jkr:[婚礼と、その関連行事,花嫁]
D5re:[フォーマルウエア;礼装;お祝い着]
D2sim:[島田;高島田]
D2da:[女性断髪]
Vhi:[被布]
時代区分・年代 19世紀後半;1875(明治8)年
国名 日本
キーワード 白無垢;三枚襲
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥