近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉あらぬ疑いを受けて警察に留置された枝豆売りの少年に面会する貧しい母親。貧乏人のきものはいわゆる「着たきり雀」だから、たくさんの継ぎが当たっている。きものの傷みはその人の商売などでもちがうが、膝、袖口、袂先で、裾は傷んでも丈を詰めるなどでうまく処理できるらしい。また背中から肩口に大きな継ぎのあることが多い。看守の邏卒(ラソツ)はこの年1874(明治7)年に洋服の制服が決まっている(→年表〈事件〉1874年2月 「巡査の制服制帽制定」郵便報知新聞 1874年2月13日1面)。(大丸 弘)
ID No. C07-004
出典資料 都新聞
発行年月日 1895(明治28)年9月20日号 3面
小説のタイトル 探偵実話 法衣屋お熊(5)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4ke:[警察官;目明かし]
Ets:[つぎ;繕い]
時代区分・年代 19世紀後半;1874(明治7)年
国名 日本
キーワード 貧乏;邏卒
男女別 男性;女性
体の部分 全身