近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉勘当の身の男と、それを新町廓の自分の住まいに引き取っている芸者。その女の衣裳付け。「主は年の頃一八九艶麗(イキ)で高尚(コウトウ)でいわんかた無き一個の美人、身には結城紬紺と鼠の竪縞の上着と琉球紬茶飛白の下着を着し繻珍と黒繻子の昼夜帯を締め紋附の羽織を着たるが、いましも風呂より帰りしか淡(ウス)く面を化粧(ケハ)いし風情」、それに対する男は「年は三十の内と外古渡唐桟の小袖の上に八反の濶袖(タンゼン)をひっかけたる優しみもあり苦みもある是又一個の好男子」。女が家で羽織を着るのはくつろぎだが、それが紋付なのは芸者稼業のせいだろう。たんぜんはふつうは丹前と書く。この時代の文人のペダンチズム。(大丸 弘)
ID No. C06-005
出典資料 大阪毎日新聞
発行年月日 1883(明治16)年9月17日号 2面
小説のタイトル 新編 踈籬の蕣花(まがきのあさがお)(23)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7sh:[小説のヒロイン;挿絵美人(この年の評判小説中の美人)]
D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
Vhao:[羽織]
時代区分・年代 19世紀後半;1873(明治6)年
国名 日本
キーワード 古渡り唐桟;丹前;黒紋付き羽織
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥