近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉銀座で商売する質屋の主人の臨終に近い病の情景。敷布団を重ねているのはそこそこの暮らしの主人ならふつうだろう。この時代はまだ敷布は用いず、男は坊主枕だが、今日の目から見るとずいぶん大きなものを頭に当てている。掛布団には袖のある掻巻(カイマキ)を用いるのがふつうで、夜被(ヨギ)とも呼ばれた。中年の主婦の丸髷はごく小さい髷で、とくに前髪が潰れたように引っついているのは、年齢にもよるが、この時代の流行。羽織を着ているのは寒いからで、当時女性は外出で羽織を着ることは少なかった。(大丸 弘)
ID No. C06-001
出典資料 都新聞
発行年月日 1896(明治29)年1月3日号 1面
小説のタイトル 菅屋お婦美(3)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4is:[医師;看護婦;病人の世話をする人]
D4by:[病人;けが人;障害のある人]
D2ma:[丸髷]
Vhao:[羽織]
Jhu:[ふとん・ベッドに横たわる;寝道具]
時代区分・年代 19世紀後半;1873(明治6)年
国名 日本
特定地域 東京
キーワード 坊主枕;括り枕
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身;坐臥;横臥