近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉客の相手に疲れてうたた寝をしている花魁(オイラン)をゆり起こしている禿(カムロ)。花魁の髪は島田だが、髢(カモジ)がたくさん入って大きく結うために、ふつうの島田とはかなりちがって見える。花魁は客に出るときは長襦袢の上に「しかけ」と呼ぶ打掛式の上着を羽織る。肘枕で畳の上に横になっているいまは、華やかな友禅の長襦袢だけで、腰に巻いているしごきがみえる。その花魁に手を掛けているのは姉女郎付きの禿。「まだ幼子の頑是なさ」とあるとおり。本文中にもあるように翌年の〈娼妓取締規則〉公布(→年表〈事件〉1873年12月 「娼妓規則、芸妓規則を定める」1873年12月10日)以前は、吉原もまだ江戸の廓のしきたりを色濃く受け継いでいて、こんな幼女の使役もあった。江戸時代は生まれた子の胎毛は七日目に剃り、そのあと七,八歳まで、芥子(ケシ)坊主とか奴とか、盆の窪とかいろいろにいう、わずかばかりの毛を残して剃っておく習慣があった。(大丸 弘)
ID No. C05-005
出典資料 都新聞
発行年月日 1900(明治33)年4月22日号 1面
画家・撮影者 富岡永洗(藻斎永洗)(1864-1905)
小説のタイトル 吉原心中:新比翼塚(1)
作者 伊原青々園(伊原敏郎)(1870-1941)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D001:[女の幼児(だいたい就学以前)]
D2ni:[日本髪一般]
D2sim:[島田;高島田]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vna:[長襦袢;襦袢]
Vob:[帯]
時代区分・年代 19世紀後半;1872(明治5)年
国名 日本
特定地域 東京;吉原
キーワード 花魁(おいらん);娼妓;遊女;女郎;友禅の長襦袢;扱き帯(しごきおび);禿(かぶろ,かむろ);肘枕(ひじまくら)
男女別 女性;女児
体の部分 全身;横臥