近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉この回の冒頭に「肉食妻帯を許された今日ですから(……)」とあるように、1872(明治5)年4月に、僧侶の肉食、妻帯、蓄髪および法要以外の場での洋服着用を許された。この物語はそういう年から翌年にかけてを背景とした破戒僧の事実談。ならず者ふたりが、わずかのことを言いがかりにして小料理店に押借りに来た。気丈な女将がすげなく突っ放して立ち去ろうとすると、その曳いた裾を、男のひとりが鉈豆煙管でがっちりと押さえた、という場面。もっと大仰には短刀で畳までぶすりと刺す、という手もあった。これは、相手が裾を曳いていなければできない。曳裾、ひっかけ帯、この時代の女性のきものがいかに緩かったが判る。幕末にはよほどの貧乏人の家でないかぎり女は家の中で曳いていたとされる。髪は大きな櫛巻にしているらしいが、櫛巻は形が決まっているわけではない。(大丸 弘)
ID No. C05-002
出典資料 都新聞
発行年月日 1896(明治29)年10月15日号 3面
画家・撮影者 松本洗耳(1869-1906)
小説のタイトル 大悪僧(44)
作者 橋本埋木庵(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ni:[日本髪一般]
D3ob:[帯の締め方;帯の位置]
D3hi:[曳裾]
Wki:[喫煙関連;タバコ;キセル]
時代区分・年代 19世紀後半;1872(明治5)年
国名 日本
キーワード 櫛巻;引っ掛け結び;ひっかけ結び;曳き裾
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥