近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉吉原の遊女の本部屋、久しぶりの客と向き合ってこちらに背を向けているのが立花という花魁(オイラン)。髪は横兵庫で幅広の襟を掛けた打掛、つまり「しかけ」を着ている。長襦袢の上に、『守貞謾稿』(1837年~)の時代はこのしかけを二枚重ねたが、明治に入ってからはすべてが簡略化し崩れているから、どうかわからない。戸を開けて草履のまま駆け込んできたのは、花魁付きの振袖新造。いままで客の羽織を畳んでいた。髪は結綿(ユイワタ)に似ているがもうすこし複雑のよう。まだ見習いの地位なので娘風の恰好をしている。客の男は惣髪で髱(タボ=後ろ髪)が膨らみ、髷が大きい。このような髪風は地方の藩士風。だいたいこの時期に髷を結い、大小を横たえて江戸の町を歩いていたのは、多くは地方から出てきた侍だったろう(→年表〈現況〉1875年5月 「東京有楽町を通る二人の男」東京日日新聞 1875年5月26日3面)。(大丸 弘)
ID No. C04-010
出典資料 都新聞
発行年月日 1903(明治36)年9月20日号 3面
画家・撮影者 松本洗耳(1869-1906)
小説のタイトル 実譚 後のお梅(175)
作者 渡辺黙禅(1870-1945)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H32:[娼婦の(本)部屋]
D004:[適齢期の娘;新造;(1) 嫁入り前の娘,新妻,さらに一般の他家の妻女をいう。]
D2:[ヘアスタイル]
D2yu:[結綿]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
Vuc:[打掛]
Wzo:[草履;草鞋]
D4gu:[軍人;武人;騎士]
D2ot:[男の髪型]
D2ch:[丁髷]
時代区分・年代 19世紀後半;1871(明治4)年
国名 日本
特定地域 東京;吉原
キーワード 花魁(おいらん);娼妓;遊女;女郎;横兵庫;仕掛け(しかけ);裲襠(うちかけ);藩士風;総髪;ぞうり;黒紋付き;火鉢;蝋燭;燭台
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥