近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉会津から上京して間もなく藩主の助命嘆願をしたため石川島監獄に拘禁された、という元武士たち。ただし、この絵はそれから何年か経っての情景かもしれない。獄内での髪については三人ともが散切(ザンギリ)になっているのはやや早すぎるようだ。武士の散髪が勝手となるのは1871(明治4)年のこと。なお、1880(明治13)年に佃島監獄で、調髪の手が回らないため、収監者すべてを散髪としたという記録(→年表〈事件〉1880年1月 「3年以上の収監者は断髪に」有喜世新聞 1880年1月6日x面)がある。(大丸 弘)
ID No. C02-022
出典資料 やまと新聞
発行年月日 1883(明治26)年11月11日号 3面
画家・撮影者 水野年方(1866-1908)
小説のタイトル 夫婦椀会津の生漆
作者 聡露坊
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4sh:[囚人]
D2ot:[男の髪型]
時代区分・年代 19世紀後半;1869(明治2)年
国名 日本
キーワード 散切り頭;斬髪
男女別 男性
体の部分 全身;坐臥