近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉東京に比べて大阪の大新聞は読み物の掲載に熱心で、中でも大阪朝日は明治十年代前半から歌川派等の浮世絵師を起用して絵入りの小説を連載している。この絵にしても、画家にとってまだ二十年も経っていない時代の風俗の遡及だから、じゅうぶんな信憑性があるだろう。冒頭の細かい衣裳付けに対して、忠実な絵柄になっている。もっとも、全体といい、登場人物の顔といい、これはあくまで舞台仕立てだ。「(……)一人の女あり、年頃は二十一,二歳、紺染めの明石縮の単衣を着け、お納戸繻子の丸帯を結びたるが紅粉を用いざれども自然の艶色楚々として人を動かすに足り、宛ら白蓮の水を出に似たり、また同社殿の左手の軒端に是も雨宿りせしと覚しく一人の男の佇みたり、年頃は二十四,五にて黒絽の羽織を懐中に入れ、白地の飛白の帷子を着け、青竹献上の博多の帯を締め鮫鞘の大小を落としざしにしたるが色白く肌清らに絵にかける業平源氏の面影アリ(……)」。(大丸 弘)
ID No. C02-019
出典資料 大阪朝日新聞
発行年月日 1884(明治17)年7月17日号 2面
小説のタイトル 雲間月(8):雨やどり
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D3:[着装態様;着付け;着方・着こなし一般]
Qkas:[絣]
時代区分・年代 19世紀後半;1869(明治2)年
国名 日本
キーワード 明石縮み;飛白;帷子
男女別 男性;女性
体の部分 全身;上半身