近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉吉原の遊女の部屋。この日の冒頭に、1872(明治5)年の娼妓解放(→年表〈事件〉1872年10月 「娼妓解放令」司法省布 第22号 1872年10月9日)以前は旧幕時代の風を残していた、との説明があるので、花魁(オイラン)の身なり、本部屋の様子も努めて古い時代のままに描いたものと考えられる。花魁の髪型は江戸時代には竪兵庫・横兵庫が有名。この時代になると一種の島田髷が多く、髷は極端に大きい。髷を膨らますために赭熊(シャグマ)という熊の毛を入れたので、この髪を「赭熊」というようになる。髪の横に突き出ているのは笄(コウガイ)。笄は素人の女性も用いるが、遊女のものは特別大きい。ふつうは鬢(ビン=横髪)の上に櫛を左右二枚挿すので、花魁の二枚櫛として知られるが、この絵の花魁は挿していないようだ。花魁はいま自分の部屋で実の弟とひそかに逢っているところなので、大仰な櫛や簪(カンザシ)のたぐいはすべて省いているのだろう。(大丸 弘)
ID No. C02-016
出典資料 都新聞
発行年月日 1903(明治36)年3月17日号 1面
小説のタイトル 実譚 後のお梅(22)
作者 渡辺黙禅(1870-1945)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード H311:[私室;小部屋(寝具のないこと);ブドワール]
D2ni:[日本髪一般]
D1ka:[髪飾り(櫛,簪,リボン)]
D2ch:[丁髷]
時代区分・年代 19世紀後半;1869(明治2)年
国名 日本
キーワード 花魁(おいらん);娼妓;遊女;女郎;赭熊髷(しゃぐままげ);赤熊髷
男女別 男性;女性
体の部分 全身;坐臥