近代日本の身装文化(身装画像)
説明 〈遡及資料〉一旦は新政府の兵部省に出仕したが、いまは職を辞して政府転覆を画策している武士に、以前の顔見知りが近づいている。武士の衣裳付けは「黒羽二重の羽織に縞縮緬の小袖、白茶献上の帯へ長刀を落とし差し」ということで、身分ある武士の決まったスタイル。頭に被っている宗十郎頭巾は、寒さ避けにする円筒形の袋状の被りものだが、『守貞謾稿』(1837年~)では、「江戸の武士はあまり用いず、もっぱら山岡頭巾を用いる」とある。山岡頭巾の方は、映画・テレビで《鞍馬天狗》以降、盛んにそれらしいものを見ることができる。1869(明治2)年といえば、「現在の日本人が伝統的衣服を投げ捨てて外国風の衣服を用いたことはひとつの奇観である」(→年表〈現況〉1869年9月 「ひとつの奇観」もしほ草 1869年9月)などと書いている新聞があるくらいの時期だから、この武士の姿はすでにかなり古風に見えたかもしれない。(大丸 弘)
ID No. C02-011
出典資料 都新聞
発行年月日 1903(明治36)年2月28日号 3面
画家・撮影者 松本洗耳(1869-1906)
小説のタイトル 実譚 後のお梅(8)
作者 渡辺黙禅(1870-1945)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D4gu:[軍人;武人;騎士]
Wzu:[頭巾;覆面]
Vhao:[羽織]
Vhat:[半天;どてら]
Vmom:[股引]
Vyu:[ゆかた]
Vta:[足袋]
Wzo:[草履;草鞋]
時代区分・年代 19世紀後半;1869(明治2)年
国名 日本
特定地域 東京;浅草
キーワード 浅草観音;二王門;武士;宗十郎頭巾;黒紋付き羽二重羽織;縞縮緬の小袖;刀;落とし差し;剥身絞り(むきみしぼり);浴衣;一の字繋ぎ;広袖どてら;紺足袋;藤倉草履;灯籠;鶏(にわとり);鳩
男女別 男性
体の部分 全身
備考 日付が「明治三十六年二月十八日」と記されているのは「明治三十六年二月廿八日」の誤り。