近代日本の身装文化(身装画像)
説明 主人公の目に、「先ずはいったのは、すっきりと櫛の歯の通った、銀杏返しの鬢(ビン=横髪)だった」とある。この時代になると、東京の下町でも、とくに近くに花柳界があるような地域でないかぎり、お正月以外日本髪の人を見ることは稀になる。そしてそのたまに見る日本髪は、櫛の歯が通りすぎている、という見方もできた。日本髪を結う女性にはすでに一種の構えがあったためだ。とりわけ銀杏返しなどは、これという行事に結うものでないだけに、サア見て御覧、というような自信がなければ外を歩けなかったろう。それは髪だけではなく、帯の締め様から端折りの具合、襟付きのきものの襟の合わせ様まで、きちんとしていて、よくできました――とでもいいたいような隙のなさだ。そんな点はすでに戦後和服のさきがけともいえよう。(大丸 弘)
ID No. B19-026
出典資料 毎日新聞
発行年月日 1943(昭和18)年2月10日号 4面
画家・撮影者 嶺田弘(1900-1965)
小説のタイトル 我が家の風(54):春の蝉(9)
作者 堤千代(1911-1955)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ic:[銀杏返し]
Vka:[掛襟]
時代区分・年代 20世紀半ば;1943(昭和18)年
国名 日本
キーワード 黒襟
男女別 女性
体の部分 上半身