近代日本の身装文化(身装画像)
説明 男性の和装用外套は1930年代前半(昭和10年代)で終わる。戦争のあと、男性の和装自体がほとんど消滅してしまったためもあり、また二重廻しなどをつくる洋服職人がいなくなったためもあろう。和服の上に着るものであっても外套は外套で、ずっと洋服屋の仕事だった。女性の和装コートもかなり長いこと洋服屋のレパートリーだった。このことは、二重廻しや東コートの裁縫技法にその名残をとどめる。たとえば縫い目にきせをかけないとか。昭和十年代でもすでに、とくに二重廻しを着ている人、というと、なにか特別の目で見られるようだった。新派の舞台に登場する悪徳高利貸し、という悪い思い込みのせいかもしれない。『金色の旋風』の方は田舎から出てきた初老の男で、下駄履き。すでにかつての赤ゲット、のイメージと重なっている。『双心臓』では向かい合っている親子の父親の方。いわゆる捩り(モジリ)外套。一見するとふつうの洋服の外套にも見えるが、下に和服を着るモジリは、袖がたっぷりしているのが特徴。それほど傷むものでもないから、第二次世界大戦後の1960年代(ほぼ昭和30年代)になっても、いい色をしたセルのモジリを、老人がハーフコート代わりに着ているのを見かけたりした。(大丸 弘)
ID No. B12-127
出典資料 国民新聞
発行年月日 1935(昭和10)年9月7日号 6面
画家・撮影者 小林秀恒(1908-1942)
小説のタイトル 金色の旋風(257):終局(1)
作者 名古屋三郎(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード Vwa:[男性和装外套]
時代区分・年代 20世紀前半;1935(昭和10)年
国名 日本
男女別 男性
体の部分 全身
関連情報 B12-107, B12-127