近代日本の身装文化(身装画像)
説明 百姓の小倅(コセガレ)と、東京から遊びに来た坊ちゃん。1931(昭和6)年,1932(昭和7)年になると、大都会ではもう、普段きものを着て遊んでいる子は見られなくなった。1920年代後半(大正後半)に都会では、津波のような洋服への切り替えがあったため。終戦後、近郊農村に買い出しに行った都会人が、まだ継ぎだらけのきものを裾みじかに着ている田舎の子を見てめずらしがったもの。農山村に生活する者から見ると、単に貧しさだけのことではない。洋服が活動的、というわけが理解できない。洋服が田舎の子のきものに比べてどんなに窮屈か、見るだけでわかるではないか。洋服は活動的かもしれないが、身体の自由はどちらか優っているかは議論が分かれる。子どもにとってはどっちがいいだろうか。(大丸 弘)
ID No. B09-138
出典資料 都新聞
発行年月日 1932(昭和7)年9月9日号 1面
画家・撮影者 倉田白羊(1881-1938)
小説のタイトル 狼(35)
作者 高倉輝(1891-1986)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D011:[男の幼児(だいたい就学以前)]
D6se:[洋装;西洋化;西洋観;ハイカラ;西洋かぶれ;開化ぶり;西洋憧憬]
Ets:[つぎ;繕い]
時代区分・年代 20世紀前半;1932(昭和7)年
国名 日本
キーワード セーラー服;裾みじか
男女別 男児
体の部分 全身