近代日本の身装文化(身装画像)
説明 想像の中の一枚の絵。若妻は図抜けて大きい髷を持つ丸髷に結っている。「山の手辺の大丸髷」という悪口があるが、明治後期からこの時代にかけて、なぜ女性たちが今日の目から見たらばかばかしいほどに、だんだんと髷を大きくしていったのか。理髪店で女房が顔剃りを手伝っている店は多い。本文では「白い前垂れをかけて(……)」となっているが挿絵は割烹着。前垂れでは役に立つまい。この形の割烹着はようやくこの頃都会の家庭に定着して、昭和10年代の、各種の婦人会が制服のように着て、この恰好で街頭デモなどしたころがピークだった、というべきか。(大丸 弘)
ID No. B06-113
出典資料 都新聞
発行年月日 1929(昭和4)年4月5日号 1面
画家・撮影者 代田収一(1880-1958)
小説のタイトル 放浪街(49):朝(2)
作者 尾崎士郎(1898-1964)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2ma:[丸髷]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
時代区分・年代 20世紀前半;1929(昭和4)年
国名 日本
男女別 女性;女性