近代日本の身装文化(身装画像)
説明 幼稚園に通うくらいの年頃の女の子。少女のオカッパは、都会ではほぼこの頃に定着した。河童という言い方からわかるように、髪を下ろして切りそろえることは江戸時代からもあった。しかし1920年代の女の子のオカッパには、たしかに断髪の影響があるだろう。女の子の身嗜みにはいくぶんか母親の隠れた自己実現があるから、家庭の幼いモダンガールを、父親も母親も手を打って愉しんだかもしれない。しかし1930年代になると、本人にとってもいちばん始末しやすく、洗うのも簡単で清潔な髪として小学校でも女学校でも推奨されるようになる。第28回では七三分けにしてアイロンを掛けているらしい。アイロンはそう高価なものではなかったので、自分で持っている母親もあったのだ。白いエプロンは汚しざかりの子どもには男女を問わず着せる親がある一方で、いろいろな理由で嫌う親もあったようだ。(大丸 弘)
ID No. A22-157
出典資料 報知新聞
発行年月日 1922(大正11)年12月28日号 12面
画家・撮影者 斎藤五百枝(1881-1966)
小説のタイトル 懸賞当選小説 焔の歌を聞く(46)(6(2))
作者 須田正二(生没年不詳)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D001:[女の幼児(だいたい就学以前)]
D2:[ヘアスタイル]
Wmae:[前掛;エプロン;割烹着]
時代区分・年代 20世紀前半;1922(大正11)年
国名 日本
キーワード おかっぱ;オカッパ;白いエプロン
男女別 女児
体の部分 全身;坐臥
関連情報 A22-153, A22-157, HC22-001