近代日本の身装文化(身装画像)
説明 舞台は新橋の花街、描かれているのはみんな芸者たちだが、平仮名のくの字なりの、前屈みのスタイルの共通性が印象的。しかし芸者はこの時代、素人の女に較べれば姿勢のよいもの、とされていた。それは第162回で三人の帯を取り去ってみればわかるだろう。日本女性の縮こまっているとされるスタイルは、大きな帯の上に羽織を着ているときの印象が大きい。もともと女は、老人や子ども以外、帯の上にものを羽織る習慣がなかったのが、「日傘代わりの」夏羽織や、この第157回、第158回の女性のような、安直着の半纏が、羽織の認識を変えていった。第157回の二人の女のうち右は島田、左は病みあがりのため、はっきりわからないが櫛巻風にしているらしい。第158回の女は、いまはもう商売をしていないため丸髷に結っている。第162回のプラットホームでの見送りは、二人の芸者はお座敷と同じ「出の衣裳」で芸者島田。後ろの小女はたぶん桃割れ。(大丸 弘)
ID No. A20-128
出典資料 報知新聞
発行年月日 1921(大正10)年3月13日号 10面
画家・撮影者 石井滴水(1882-1945)
小説のタイトル 残紅(158)(24(2))
作者 なにがし
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D7ge:[芸者;半玉;舞妓]
D2ma:[丸髷]
Vhat:[半天;どてら]
Vka:[掛襟]
時代区分・年代 20世紀前半;1921(大正10)年
国名 日本
特定地域 東京;新橋
キーワード 半纏;黒襟
男女別 女性
体の部分 全身;坐臥
関連情報 A20-127, A20-128, A20-130