近代日本の身装文化(身装画像)
説明 京都の祇園下河原辺で評判の器量よしという、今年十六になる舞子。「光沢(ツヤ)の好いふっくりした髪を京風の桃割れに結って、緋色の丈長を掛けた姿が、譬えようもなくゆかしく美しい」とある。東京の桃割れは割れ目が前からは見えない。大正の初め(1910年代)までにはそれまで十代半ばの女の子が好んだ蝶々、唐人髷、ふくら雀などはほとんど見られなくなって、女の子といえば桃割れか結綿(ユイワタ)になる。親や子ども同士が結い合ったりするので、変わった形や土地土地のちがいも大きい。その子に目をつけている背後の紳士は「柄の変わった大島の二枚襲をきりりと着て、縞塩瀬らしい茶がかった袷羽織」とある。彼岸桜の終わったころ、といえば4月半ば。大島絣の二枚袷は余裕のある旦那衆ならだれもするが、二枚を同じ柄でなく、下着の方の絣をちょっとだけ大きくするのが通、などと言った。(大丸 弘)
ID No. A20-059
出典資料 読売新聞
発行年月日 1920(大正9)年4月3日号 6面
画家・撮影者 石井滴水(1882-1945)
小説のタイトル 残春(1):都第一の美人(1)
作者 渡辺霞亭(黒法師)(緑園)(朝霞隠士)(無名氏)(匿名氏)(1864-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D003:[少女(ほぼ女学生の年頃(12~15,16歳))]
D2mo:[桃割れ]
Vka:[掛襟]
時代区分・年代 20世紀前半;1920(大正9)年
国名 日本
特定地域 京都;祇園
キーワード 舞妓;黒襟
男女別 女性
体の部分 上半身