近代日本の身装文化(身装画像)
説明 某婦人団体の歌舞伎座総見の催し。団体の会員は上流階級の夫人たちで、やることがなんでも派手という。きものや帯はこの挿絵からはわからないが、袖は中振袖、髪は束髪であまり大きく膨らましている人はいないが、この四人だけ見てもかなりのヴァラエティがある。女性がやや公的な場に出るとか、ただ楽しみのための外出の機会は、むかしはあまりなかったことなので、着るものはちぐはぐになる。「腰まで模様のある紋付きを着た片山が(……)」とあるのは、晴れがましいときといえばそれは儀礼的、という念があるので、裾模様と紋付のトラウマからから遁(ノガ)れることがむずかしい。訪問服という言葉が現れてすでに年数が経っているのだが、まだ一般的ではなかった。(大丸 弘)
ID No. A20-041
出典資料 東京朝日新聞
発行年月日 1920(大正9)年12月5日号 6面
画家・撮影者 渡部審也(1875-1950)
小説のタイトル 闇と光(168)(22(2))
作者 長田幹彦(1887-1964)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D2:[ヘアスタイル]
Vfu:[振袖;袂]
時代区分・年代 20世紀前半;1920(大正9)年
国名 日本
キーワード 歌舞伎座の総見物;上流階級;奥様;束髪;中振り袖
男女別 女性
体の部分 全身;群像
関連情報 A20-041, A20-042