近代日本の身装文化(身装画像)
説明 夕方の散歩に出ようとする若者が、玄関口で声をかけられる。本文では若者が鳥打帽を被ったとくり返しているのに、画家の石井滴水はまちがって学生帽を描いている。戦前の大学高専生がいつもきちんと帽子を被っていたのは、大人の男が露頭で外に出る習慣がなかったためでもある。だから学生帽が気分にそぐわないようなときは、鳥打を冠る者もあった。紺飛白のきものの胸元から、下に着たYシャツの襟が見えている。きものの下にYシャツを着込むことや、外出には好んでステッキを振って歩くことだけでなく、紺絣に袴という、だれもが長いあいだ見馴れてきた学生風俗も、関東大震災(1923年)頃からあまり見られなくなる。女性はこの若者の父親の妾で、家に同居して奥様風の丸髷を結っている。(大丸 弘)
ID No. A19-077
出典資料 読売新聞
発行年月日 1919(大正8)年2月14日号 6面
画家・撮影者 石井滴水(1882-1945)
小説のタイトル 落潮(おちしお)(30):春(10)
作者 小栗風葉(1875-1926)
資料タイプ 挿絵
身装画像コード D014:[若い男(20歳前後~30歳前後)]
Wbo:[かぶり物一般;帽子]
Qkas:[絣]
Vham:[袴(男性)]
D2ma:[丸髷]
時代区分・年代 20世紀前半;1919(大正8)年
国名 日本
キーワード 玄関口;学生帽;紺飛白のきもの;ワイシャツ;ホワイトシャツ;ワイシャツの襟;竪縞のきもの;襦袢の襟
男女別 男性;女性
体の部分 全身